ワーママの1歩ずつ1歩ずつ

穏やかに幸せに生きる

母は毒親だったのか、私の決意

入院してからほとんど会話のない日々を過ごしているので、色んなことに思いを巡らせています。

 

そんな中で、子どもの頃の母との記憶にここ1ヶ月ほど苦しんでいました。

 

自分の心を整理するために、ここに書かせて頂きます。

 

 

今は「毒親」という言葉が浸透していますが、私の母は虐待やネグレクトではなかったものの、ネチネチしてて嫌がらせをしてくる人だったなぁと。

 

小学生の頃から事あるごとに「あんたはヘビだ」とか「カワタモノって知ってるか?あんたは体は普通だけどカタワモノだよ」って何年も言われ続けていました。

 

小学生、中学生のまだ親に養われることでしかで生きられない子どもに差別用語をずっと言い続けるって、悪意しかないように思います。

 

小学生の時は習い事でバレーボールと習字とピアノをしていたので平日も土日も常に時間に追われ、そんな中で宿題をやったり、勉強を頑張って学校で良い成績を取っても、「あんたは勉強しかしない」と怒られました。

 

ピアノやバレーボールは母が子どもの頃に習いたくてもできなかったことのようで、たぶん娘の私に習わせることで自分を満足させていたように思います。

私は全然好きじゃなかったし、遊ぶ時間も休む時間もなかったので何度か辞めたいと言いましたが辞めさせてもらえませんでした。

 

また、家事をやらないと怒られるのでやると、母と同じレベル(こだわり)まで完璧じゃないとネチネチと嫌味を言われ、自分の部屋に戻っても追いかけてきて説教。

 

何をしてもネチネチ嫌なことを言われ、家は気が休まる場所ではありませんでした。

 

中学や高校の時は「あんたのことは大学へは行かせない」と言われながら受験勉強をしていました。

 

一方で父は家事や育児は一切しない人で、母は父にとても不満を抱えているのに父には一言の文句も言えないようでした。

 

そして、そんな夫婦関係において自分は可哀想で被害者だと、物心ついた頃から私に父の愚痴を言っていました。

 

また、仕事も人間関係が原因で長く続かず、転職を繰り返し、いつも職場の人の愚痴を聞かされていました。こんなに酷いことをしてくる人が職場にいるんだ!っていうのが毎回。

働いたことがない子どもの私にとっては、母に原因があるなんて思わなかったし、母が可哀想だと思っていました。

 

しかし、私が高校生、大学生になると、家にいる時間が少なくなり、母がおかしいことを言えば言い返すようになったからか、毎日のネチネチ嫌味タイムはなくなりました。

父と職場の愚痴は聞かされ続けましたけど。

 

そうして社会人となり、母との関係も良好?になり2人でショッピングに行ったりするように。

でも、父との関係は引き続き上手くいっていなかったようで、私が結婚する頃は実家に帰る度に「あんたの結婚式が終わったら私は離婚する」と言われ続けました。

別に驚きもしなかったし、引き止める気もなかったです。

 

父と母が離婚したのは、私が息子を妊娠した頃でした。

色々あって同時期に母と兄夫婦も絶縁しました。

 

もともと里帰り出産というつもりはなく、夫の両親と同居していたのでそのまま帰ることなく子育てをしました。

 

今に至るまで、親孝行しなくてはと思って定期的に別々に父と母に会いに行き、孫を見せたり出掛けたり、ということをしていました。

 

母は変わらず職場の愚痴などは多いものの、もう私に嫌味を言ってくることはなくなり、一見良好な関係。

 

でも、私も子を育てるようになった今、自分の子ども時代を思い出して、「母ってめちゃくちゃ嫌なやつだったじゃん」と許せない気持ちでいっぱいになっています。

 

親も完璧じゃないとは言うものの、私だったら、今まで言われてきたことを子どもには絶対に言わないし、やらない。

 

弱い者いじめのように、鬱憤を子どもで晴らすことはしない。

 

そんな急に昔のことを引っ張り出してどうしたの、という感じになるのかもしれない。たとえ今は丸くなったとしても、この前まで普通に連絡を取り合っていたけれど、もう会いたいと思えない。

 

この気持ちをぶつけてやりたいとも思いましたが、また被害者ぶって面倒臭いことになりそうなので関わらないようにしようと思います。2人目が生まれても教えない。

 

母ではなく、お世話になったことのある性格に難ありの60代女性くらいに思っておこう。

 

そして私は、自分の子どもに同じことをしない。

子どもにとって家庭が安全基地になるように。

自分の機嫌は自分で取る。

 

そんな決意をここに書いておきます。